NYミッドタウンからロウワーマンハッタンへ

2023年4月29日(土)

昨日から宿泊しているミッドタウンにあるトンプソンセントラルパークニューヨークでの朝食は1階のレストラン「PARKER’S」でいただきます。

PARKER’Sはジャズのサックス奏者、チャーリー・パーカーに関係しているものと思われます。

このトンプソンセントラルパークも元々は「PARKER NEW YORK」 と呼ばれていました。HYATTがリブランドして2021年11月1日に開業しています。

調べてみると、PARKER NEW YORf も2018年1月に「Le Parker Meridian New York」からリブランドしていました。Parker の名前は受け継がれているようですね。

HYATT GLOBALIST 特典の朝食は、ドリンク類はホットとコールドを1類ずつとメイン料理を1種類といわれました。

PARKER’Sのメニュー
ドリンクメニュー

トラさんはカフェラテ、オレンジジュース、ヘルシア~エルビスと名前のつけられたお料理を注文しました。

カフェラテとオレンジジュース
Healthier Elvis

カテゴリー6のホテルの朝食とあって健康志向で洗練されているような気がします。

利用しているお客さまは、トラさん達の隣のテーブルには3~4歳くらいの金髪の女の子とそのお母さまらしき女性でしたが、食後は伝票も何も受け取らずに帰ったように見受けられました。

ホテルで暮らしているセレブでしょうか。

と妄想しているとトラさん達の伝票がきました。

朝食のレシート

何と!$103.21もするではありませんか。よく見ると、ベース価格$79にサービス料が20%の$15.8、税金が$8.41とサービス料と税金で$24.21も取られています。

サービス料という名前のチップが20%ついており、これは払わされるかな、と覚悟していましたが、チェックアウトの時は全くかからず、タダで宿泊も朝食もできてしまいました。

この時の一般的な宿泊費を調べると、28㎡のスタンダードタイプお部屋でも95,000円はしています。スタジオスイートと呼ばれるトラさん達がアサインされたお部屋は42㎡あるので142,000円はするようです。

レギュラーサイズの宿泊料金

HYATT のブランドエクスプローラー目的で「THOMPSON」はゲットしたので、次は「JdV by Hayatt」というブランドのホテルに行きます。  る

JdVとはJoie de Vivre (ジョア・ド・ヴィーヴル) の略で、フランス語で生きる喜びを表しています。

NYマンハッタンにはJdVブランドのホテルは3つありました。その中で、ロウアーマンハッタンにあるのが「HOTEL 50 BOWERY」です。

ブルックリン橋やワールドトレードセンターにも徒歩圏内なので予約しました。カテゴリー5ですが、20,000ポイントで宿泊できます。

地下鉄の57 Street 駅からQのラインに乗りCanal Street 駅で降りました。EXPRESSだったので4駅11分で着きました。

Canal Street 駅から地上に出てびっくり!巨大なチャイナタウンでした。日本にある横浜や神戸にある中華街とはスケールが違います。

中国系の移民が昔から生活の基盤をしっかり作ってきたという歴史が感じられます。

Canal Street 沿いのチャイナタウン

HOTEL 50 BOWERY はバワリー通り50番地という住所から取っているようですが、隣がHSBC(香港上海銀行)のビルで、ホテルのスタッフも内装も中国系です。

HOTEL 50 BOWERY の入口
JdV BY HYATT の表示
変形の建物
中国色たっぷりのカードキー
掲示作品も中国色
デスク
洗面台
バスタブなしシャワーのみ
トイレ
バスアメニティのブランドはREVOLVE

バスローブがこのホテルオリジナルのもので、前にはホテルのロゴ、背中には龍の刺繍がしてありました。

バスローブ
バスローブの背中には龍の刺繍

17階のお部屋にアサインされましたが、雨で外の景色は見えません。晴れていればミッドタウンの摩天楼が見えると思います。

雨で外の景色は見えず

雨の中ですが、ブルックリン橋へ歩いて行ってみることにしました。迷いながらも25分程度で橋の付け根あたりに着きました。

ブルックリン橋は1869年に起工し、14年かけて1883年に完成しました。日本の明治時代初期にこんな立派な橋を作り、今でも使われているのは凄い!ですね。

マンハッタン側からのブルックリン橋
ウォール街のビル
1869年起工1883年完成
マンハッタン橋
Court House

ブルックリン橋のたもとには荘厳なビルがたくさんあります。日本の明治維新以前の江戸時代に建設されたものが今でも残っています。

どの建物にも大きく名前が刻まれていますが、設計者の名前でしょうか、寄付者の名前でしょうか。今度訪問する時にはそのあたりもじっくり観察したいと思います。